メビウスの輪と紙一重

 

「紙一重」と聞くと、なぜだかメビウスの輪を思い出してしまう。

 

紙一重の方は「1枚の紙の厚さほどのきわめてわずかな違い」のことらしいが、

 

「好きと嫌いは紙一重」よりも、
「好きと嫌いはメビウスの輪」って言った方が、嫌いになってもまたすきになるかもしれない希望が出てきて、僅かながら未来に光が見える感じ。

 

「馬鹿と天才は紙一重」。この場合は、
「馬鹿と天才はメビウスの輪」になるが、これも、舌を出したアインシュタインのお茶目な感じが連想できるので、有り。

 

ま、どっちも必要なのは紙一枚だけなんだけどね。